<太古利(タゴリ)大明神由来>
時は戦国の世、天正年間(1573〜92)
秀吉は天下を取るべく四国征伐軍を送った。
当地方でいう「天正の陣」である。
その時、秀吉軍に追われた地元武将の一人が、
この地の草むらに隠れ追手の過ぎゆくまで、
咳がでそうになるのを
必死のおもいで、こらえつつ潜んでいた。
しかし、遂に我慢しきれず咳こんでしまった。
その咳が追手の気付くところとなり、
あえなく討たれてしまう。
その後、この地の人々は、
討たれ果てた武将の霊をとむらう為お塚を建て、
その名を当地方の方言である咳を「たごる」と言うことから
「太古利大明神」と称し供養した。
以来「太古利」さんにお参りすると、
風邪やゼンソク、気管支系の病が治るといふ霊験が高く、
今も参詣する人が絶えない。


