西條西国三十三霊場めぐり
第33番 遍照院善誓寺(大師町)/33
<第33番 遍照院善誓寺(大師町)>
本尊 弘法大師
この寺は、
大師町の名の由来になった寺である。
「その昔、弘法大師が四国を御巡錫の際、
当地に4坪余りの大岩石を発見し給い、
その岩石に御休憩あり。
当時、飲料水に困っていた、この地方の住民を、
この苦しみから救ったという伝説に基づき、
後、人深くその御遺徳を思慕し信仰する者多く、
遂に一堂を建立した。」と伝えられている。
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西国第33番は、
岐阜県揖斐郡谷汲村にある
谷汲(タニグミ)山華厳(ケゴン)寺。
本尊 十一面観世音菩薩 天台宗
この寺は、満願、結願の寺で、
桜や紅葉の名所としても有名である。
また、この寺は、
西国三十三霊場で唯一近畿地方外にある寺である。
この寺を西国三十三霊場の
満願寺と決めたのは、花山法皇で、
それ以前の三十三番は、宇治の三室戸寺であった。
この寺の起源は、
延暦17年(798)、
奥州会津黒河郷の豪族、大口大領という人が、
永井村の文殊堂で、観世音菩薩の造像を祈ったところ、
榎の霊木が現れたので、京都に運び、
仏師に観世音菩薩像を刻んでもらった。
その観世音菩薩像を奥州へ持って帰る途中、
美濃国の谷汲で観世音菩薩像が動かなくなり、
しかたなく、この地に永住することにした。
この地には、以前から
豊然(ブゼン)という人が修行していたので、
いっしょにお堂を建立し観世音菩薩像を納めた。
これが華厳寺の始まりである。
この寺は最後の札所として
名残惜しいのか、お札が3枚ある。
そして本堂の柱の
「精進落としの鯉」にふれて俗界に帰ることになる。
川柳に「谷汲で所の知れぬ人となり」とあるが、
巡礼で旅の道連れとなり親しんだけれど、
このお寺でお別れ、
散り散りばらばらになってしまうのである。


