西條西国三十三霊場めぐり
第30番 常楽庵(中西)/30
<第30番 常楽庵(中西)>
本尊 千手観世音菩薩
飯岡野津子城主・工藤氏の下屋敷が、
この庵の付近にあつたと言われている。
この庵に
「工藤兵部祐重」のお位牌があった。
「澄水記」に
高峠城主の子、虎千代が幼少の頃、
中西の家に、たびたび
遊びにいったことが書かれている。
この虎千代は後の石川備中守通清で、
天文14年(1545)14歳の時、
工藤氏の下屋敷へ連歌の会にも行っている。
この時の虎千代の発句は
「神松や千年を経ても若緑」であった。
石川備中守通清は、
天正の陣の1年前、天正12年(1584)に
54歳で没している。
この死については、
暗殺されたとの言い伝えもある。
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西国第30番は、
滋賀県竹生島にある竹生島宝厳(ホウゴン)寺。
本尊 千手千眼観世音菩薩 真言宗
この寺は、日本最大の
淡水湖、琵琶湖の竹生島にある。
それ故、
船で渡らなくてはならない。
竹生島の周囲は約2km。
その名の通り竹が茂っている。
竹生島の名の由来は、
昔、役行者がこの島を訪れた時、
竹の杖を忘れた。
これが生い茂り
「竹生島」と言わるようになったと言う。
神亀元年(724)に聖武天皇の勅願で、
行基菩薩が宝厳寺を開山。
慶長7年(1602)に
豊臣秀吉の子、秀頼が再建。
桃山城を移したもので、
豪華絢爛であり国宝となっている。


