西條西国三十三霊場めぐり
第24番 法性山多聞院王至森寺(野口)/24
<第24番 法性山多聞院王至森寺(野口)>
本尊 大日如来
この寺の由来は、
その昔、舒明天皇(539−571)が、
道後温泉に向かわれる途中、
燧灘で暴風雨に遭われたので、
安全祈願をすると、
森の中に霊光が射して船を導き着けられた。
その後、
行基菩薩が全国巡回の砌、
この伝承を聞き、
「王の至る森」から「王至森寺」と命名した。
しかし、天正13年(1585)の
天正の陣の兵火に罹り悉く焼失したので、
この地に移った。
山門の扁額「法性山」は、
小松の第三代藩主、一柳頼徳公の筆になるもので、
この近辺の寺院には、この殿の筆跡が多く残っている。
境内には、昭和2年(1927)に
国の特別天然記念物に指定された「きんもくせい」がある。
王至森寺については
飯岡の案内板1と2
飯岡の碑8と10
由来ある石2を見てほしい。
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西国第24番は、
兵庫県宝塚市にある紫雲山中山寺。
本尊 十一面観世音菩薩 真言宗
この寺は、
明治天皇が御平産されてより
明治天皇の勅願寺となり
「安産祈願所の寺」として特に有名。
最初はこの寺が一番であったので、
この寺にお参りすると、
1日で西国三十三霊場を
回ったことになると言われている。
それは本堂に
十一面観世音菩薩か三体並んでおり、
三体で三十三面になるからだ。
24番となったのは、
花山天皇(968−1008)が、
現在の道順に決めたようである。
また、8月9日にお参りすると、
1日で46000日お参りしたことになると言う。
46000とは、1升の米粒の数。
1升は一生を意味するからと言われている。


