船屋の金子氏
金子美親(ヨシチカ)の墓碑/船屋の金子氏7
<金子美親(ヨシチカ)の墓碑>
丸山の金子墓地の一角に
古い墓を集めて積んでいますが、
その中に、
日野胖(ユタカ)が碑文を書いた墓石があります。
日野胖は、
良之助・弘道・子廣・三楽ともいい、
武丈公園に頌徳碑があります。
また、西條誌で有名な
日野和照(ニコテル)は義兄になります。
墓石の碑文は
『 金子藤次郎美親の宗世々船屋村の
庄屋を勤む此村元来流末にして農民用水の乏しきを憂ふ
金子美親勤役中文化五辰歳(1808)官に請ひ
下島山村の内花免と云ふ所に泉を鑿ち
水を取天水を侍田地に至迄井手をつけ水を通す
又新川をほり悪水を海に注ぎ
一村長く旱魃水損の患なく稲作よく実る事は
偏に金子美親の勤功によるooooo(文字欠落)
及び諸向き精勤多起を予深く感じ
大略を記して後代に傳ふるものなり
安政四丁巳歳(1857)夏四月 日野胖 撰書 』
この碑文は、
金子藤次郎美親が、
水不足を解消するために、
花免に池を堀り、
水路を造った事業を称えたものです。
下島山から
船屋までの水路を新川と呼んでいます。
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